2005年06月02日

第三のビール

 ちょっとタイムリーではない話題かもしれないが、「第三のビール」というものがもてはやされているらしい。

 この「第三のビール」の売りは値段の安さであろう。なぜ安いか、それはビールや発泡酒に比べて酒税が安いからである。

 僕は飲んだことはないのだが、やはり味は落ちるようである。所詮はビールではなく、ビール風味のアルコール飲料なのである。
 メーカーによって製造法が異なるが、えんどう豆タンパクを使ったり、発泡酒に小麦のリキュールを混ぜたりしているらしい。

 いわば、カニカマのようなものであろう。あるいは、カニカマにカニが混ざっているとか。カニカマをカニカマとして、好んで食べているのなら、それは個人の自由だし問題はないが、カニが食べられないからカニの味のする蒲鉾で我慢させられているとしたら、問題であろう。
 カニカマをカニだと思って食べさせられているとしたら、もっと問題である。カニでないことを知りながら、無理に思い込もうとしているとしたら、更に問題である。

 第三のビールは発泡酒の増税を期に産まれた製品である。税制の隙間を付いた製品である。それゆえ、本来得られるべき税収が減ってしまった。そのため、第三のビールはいずれ増税されるのではないかと言われている。
 それに対して、企業努力を無視するのか、あるいはは庶民の楽しみを奪うのか、などという批判がなされている。発泡酒増税のときとほぼ同様の批判である。

 しかし、議論のすり替えであると思う。

 確かに、企業努力は大切である。しかし、何のためにそんな努力をしているのか、もっと言えば、させられているのかを考える必要がある。しなくてもいい努力をさせられているとしたら問題である。
 企業のした努力が意味のあるものか考える必要がある。意味のない努力だとしたら、その分本来すべき努力に費やされるはずの時間や労力が奪われているのだから大問題である。
  
 何のために新たな材料でビールテイストの酒を開発する努力をしているのかについて考えてみよう。それはビールや発泡酒が高いからであろう。もしビールや発泡酒が安くても、「第三のビール」を開発したであろうか?それは、「第三のビール」が開発されたいきさつを考えれば明らかであろう。

 この努力は消費者に安価な酒を提供しているのだから、一見意味のあるものかもしれない。しかし、そもそもビールが安かったら要らない努力のはずである。

 庶民の楽しみを奪う、という点についてはどうか。
 そもそもビールは庶民のものであると思う。カニカマのたとえを出したが、カニとビールの違いは、カニは高級品だが、ビールは庶民の娯楽だという点である。
 経済大国と呼ばれて久しい日本で、庶民がビールではなく、その代替品で我慢させられているとしたら、あまりに悲しいし情けない。

 なぜ、ビールという庶民の楽しみが奪われているのだろうか。それもやはり、ビールが高過ぎるという点に帰着すると思う。そして、ビールがなぜ高いのかと言えば、ビールの酒税が高すぎるからである。 

 全ての問題は税率のゆがみにあると思う。「第三のビール」の最大の罪はこの点から国民の目をくらませてしまうところにある。発泡酒もそうなのだが、「第三のビールけという手ごろに手に入る代替品の存在がビールの税率が高いという本質的問題から国民の目をそらしてしまうのである。

 勿論、安易に酒税を上げることには反対である。第三のビールの税率を上げる代わりに、ビールや発泡酒の税率は下げるべきである。ビール、発泡酒、「第三のビール」で税率が違うのは不合理である。酒税の税率を定めるのが国の裁量だとしても、このまま放置しておくのは問題なのではなかろうか。

 そもそも発泡酒とか「第三のビール」(税法上はその他の雑酒Aやリキュール類に分類されている)いう括りが問題である。外国ではビールとして流通しているビールの中には国内では分類されてしまうこともある。
 たとえば、ヒューガルデンホワイトは日本では発泡酒なのである。

 また、ラベルの下に「その他雑酒A」などと書いてある酒が発売されているのは健全なことなのだろうか?

 やはり、酒税はアルコール度数に応じて、一律であるべきである。
 アルコールが庶民の楽しみであること、致酔性を持つこと、あるいは国家の税制全般に占める酒税の割合はどれくらいが適当か等を勘案したうえでの、その時々にあった税率を度数に応じて一律に課すべきである。

 そうすると、「第三のビール」や発泡酒は淘汰されてしまうかもしれない。しかし、メーカーによれば、第三のビールには「ビールや発泡酒とは明らかに違うスッキリとした飲みやすさ」があるらしい。
 本気で言っているのかは分からないが、もし消費者がその味に魅力を感じているならビールと同じ値段でも売れるはずである。酒税の隙間を狙うような努力ではなく、堂々と味で勝負して欲しい。
 
 その結果淘汰されるとしても、それは自由競争のゆえでありやむを得まい。
 現状では、「第三のビール」や発泡酒に比べてビールに不当なハンディが課せられているが、同じ税率の元、ほぼ同種の酒が競争することこそ、真の自由競争といえるのではないだろうか。

 そうした新の自由競争が行われれば、国産ビールやその他の酒のレベルが上がるはずであるし、多様性も増していくと思う。

 世の中にはビールが苦手な人もいる。そういった人たちでも、ビールテイストのアルコールを楽しめるという意味で、「第三のビール」にも必要性があると思う。
 しかし、「第三のビール」の必要性はその範囲にとどめられるべきである。

 「第三のビール」が「ビール」の主流になるとしたら、それはあまりに悲しく情けない。日本は経済大国であり、ビールを輸出したり、海外で現地生産しているビール大国でもあるはずである。
 ビールメーカーはそのことに誇りを持って欲しい。消費者の側も今飲んでいるものが本当に美味しいのか、今飲んでいるものに満足なのか、そして、もし不満を感じるのならば、なぜそのような現状なのかについて考えるべきではないだろうか。

 そうすることで、この国でもビールや酒が文化になるのではないかと思う。

参考
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/yw/yw05052901.htm
posted by むちまろ at 19:46 | Comment(4) | TrackBack(0) | 僕の意見
この記事へのコメント
おぉ、復活したね。
私はここのところアルコールはあまり摂取していないのですが、ワインに興味津々よ。

第三のビール。
そこまでして「飲みたい」ビールなのだろうかねーと思うけど、やはり家計のことを考えると世のお父さんたちは大変なのだろうかとも思ってしまいますね。お国の政策もどうかねって思うけど、単純に酔いたいだけなら、もっと効率よく酔う方法などあるんでないの?でもやっぱりビールが飲みたい、だけどお金が勿体無いって思うんでしょうかね。
Posted by まる at 2005年06月03日 23:49
 「第三のビール」はとても飲み易いです。ただ、ビールの代わりとはちょっといえない気がします。「ビールフレーバーの飲み易いカクテル」といでもいう感じ。あるいは、ビールをロックで飲んでいる感じ。
 ビールが好きであればあるほど、「ビールを薄めたような」物足りなさを感じると思います。

 くせがなく、くどくもなくて誰でも飲めるので、手っ取り早く気持ちよくなるには適していますが、これを「ビール」として飲んでいるとしたらあまりに悲しいです。

 缶チューハイやかつて紹介したGANSOのほうが安いし、僕だったら「第三のビール」は選びません。
 確かに家計の助けにはなるのでしょうが、400円出せば750mlの輸入ワインが買えるご時世に、そこまでして「ビール」にこだわる必要あるのかな。

 ただ、お酒の苦手な人でも気軽にぐびぐび飲めるという利点はあります。
 「ノンアルコールビール」という分野もあるのだし、「飲み易いビール感覚飲料」という売り方をすれば、ビールと同じ値段になってもある程度は売れると思います。主流になることはまずないと思いますが。
 
Posted by むちまろ at 2005年06月04日 15:22
結局は酒税とか、儲けとかというものがそういった第三のビールを産むような状況になってきているんでしょうね。
まぁそんなのは日本ぐらいかもしれないんでしょうけど。

ベルギービールとかワインとか、最近では日本でも地ビールとかの小さな醸造所の個性あるビールっていうのが第三のビールとは別なところでもてはやされるのがなんとなくわかる気がしますね。
Posted by まる at 2005年06月04日 23:12
 全ての元凶は日本の酒税が高いことにあると思います。また、なぜお酒によって税率が違うのかもいまいちよく分かりません。

 僕は最近、400円弱で買える輸入物のテーブルワインが好きです。
 輸入ビールにせよ、地ビールにせよ、いいビールを買おうとすると高いのが現状です。その点、ワインはリーズナブルだと思います。

 僕は「第三のビール」を買うなら、300円代のワインのほうがいいです。いくら安いからといって、そこまでして「ビール風の味」にこだわる必要はない気がします。
Posted by むちまろ at 2005年06月09日 22:02
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのTrackBack URL